携帯電話電磁波と脳腫瘍~インターフォン研究論文から読み取れること

             (『消費者リポート』第1466号2010年7月21日に寄稿、執筆は上田昌文)
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 携帯電話電磁波と脳腫瘍との関連を探った世界最大規模の疫学調査「インターフォン研究」の結果が5月18日に公表されました。世界保健機関(WHO)に属する国際がん研究機関(IARC)の指揮のもと、日本を含む13カ国が参加し、2000年から6年間で2500万ドルを費した研究です。発表が4年もずれ込んでいる間に、関わった研究者の間でも意見が対立しているらしい、との噂が漏れ聞こえてきましたが、論文の「結論」はそれを頷かせるものでした。「影響があると断定はできないが、ないと言い切ることにも無理がある」とでも言えそうな、どっちつかずの妙な結論になっています。

神経膠腫と髄膜腫の発症と携帯電話使用の関連を調査

 脳腫瘍にはいろいろな種類があり、発症数は全体で1年間で人口10万人あたり12~16人ほどですが、今回の論文で取り上げられたのは、脳腫瘍の中でもそれぞれ25%と27%ほどを占める神経膠腫と髄膜腫です。00年~04年の間に発症した2708人の神経膠腫の患者と2409人の髄膜腫の患者(「症例」)を調べています(インターフォン研究では、それ以外に聴神経腫も調べているのですが、次回の発表にまわされました)。この5117人の患者と比較するために、脳腫瘍は患っていないが他の条件(年齢、性別、生活状態など)ではよく似ている人たちをほぼ同数選び出して「対照」としています。

 この研究では症例対照研究という疫学の手法が使われました。症例(患者)群と対照(非患者)群のそれぞれの集団で、全員にインタビューやアンケートをして、携帯電話を使っていたか(電磁波の曝露群)、使っていなかったか(非曝露群)のどちらであるかを決めることができます。その結果、仮に、対照集団に比べて症例集団の方が、携帯電話を使っていた人の割合が大きいことがはっきりすれば、「どうも携帯電話を使うことでこの病気が引き起こされるらしいぞ」と推測することができます。

週1回以上の使用で全員が「通常の使用者」?

 ただし、そうした曝露/非曝露群の条件設定に、疑問を呈する意見も少なくはありません。
インターフォン研究では、曝露群(「携帯電話の通常の使用者」)を「過去6ヶ月以上にわたって平均して週1回以上携帯電話を使用している人」と定め、その使用頻度に達していない人を非曝露群としましたが、調査の要となるこの切り分けは、はたして妥当だったのでしょうか。例えば、「1週間で数回・トータルで5分程度しか話さない人」と、「1日仕事で数回・トータルで1時間以上話す人」の違いは検出できるのかという疑問が残ります。

 また、この研究では家の中で使うコードレス電話のことは調べていませんが、「携帯電話はほとんど使わなくて、家の中の子機で長話をする人」が非曝露群に入っていて大丈夫なのかといった疑問も、いろいろと出てきます。

 また、携帯電話が爆発的に普及し始めたのは、欧州では90年代初頭、日本では95年頃からですから、2000年~2004年の時点では、「10年以上の使用者」の割合は相当に小さくならざるを得ません(現にこの研究では1割程度になっている)。それに、そもそも10年間の曝露によって脳腫瘍の発症を確認できるのは、全体のまだ一部にすぎないでしょう。タバコによる肺がんの場合からもわかるように、通常、がんの発症にはもっと永い時間がかかります。

一見、玉虫色に見える結論

 こうした難点をかかえながらも、どうにかまとめ上げられた結論は、次のようなものでした。

(1)上記の「通常の使用」と「それ未満の使用」で比べた場合、神経膠腫でも髄膜腫でもリスクの低下(携帯電話を使うことで脳腫瘍防止効果が出る)が見られた。

(2)累積時間の大きさで全体を10のグループに分けて調べると、最大曝露グループ(累積通話時間1640時間以上)でのみ、神経膠腫のリスクの上昇(1.40倍、すなわち40%上昇)がみられた。ただし、このグループにはありそうもない長時間通話を報告した例も複数含まれていた。

(3)(電磁波を浴びやすい)側頭部にできる神経膠腫では、(2)で言う最大曝露グループではリスクが1.87倍に、携帯電話をあてる側にできる神経膠腫瘍では、やはり同じグループでは1.96倍になっていた。

(4)生物学的には考えにくい(1)のような結果が見られたのは、患者群と対照群とで、インタビュー調査への参加率の違い(非参加者は携帯電話の使用期間を参加者よりも短めに報告する傾向があるという)や思い出し方の違い(患者の方が対照よりも使用時間を多めに報告する傾向があるという)などによる、統計的なバイアス(偏り)や誤差があるためだろうから、同じ理由で(2)や(3)の結果も因果関係があるとみせるほど強力とは言えない。

見落としてはならない重要な指摘

 日本の報道(主として共同通信の配信を使った短い記事)は(4)の"因果関係があるとはみせない"の部分だけを拾ったものが多く、それを受けて(社)電波産業会も早々と"安全宣言"を出したりしていますが、これらは浅薄な紹介であり対応であると言わざるを得ません。

 論文の「付録2」では、基準を「1~1.9年使用」(リスク比1.0倍)にして「2~4年」「5~9年」「10年以上」のそれぞれの使用でのリスクを調べ直していますが、神経膠腫は1.68倍、1.54倍、2.18倍とすべて上昇しています。また、論文中には(4)の"参加率の差"が何をもたらすかを分析している部分があり、「リスクを5~15%程度低く見せてしまっているのではないか」との推測も記されているのです。この論文は「携帯電磁波は安全」というお墨付きを与える中身には到底なっていないのです。

 おおむね「影響なし」ととる海外政府系諸機関でも、その多くが曝露を減らすための手段をとることを勧めたり、「子どもへの影響は無視できないので何らかの対策が必要」と表明したりしています。インターフォン研究の責任者のE.カーディス博士も指摘するように、00年~04年当時、最大のヘビーユーザー(累積1640時間以上)は全体の10%程度の少数派でしたが、今日では子どもを含めこの程度の通話はごく普通で、むしろ多数派になろうとしています。この現実をふまえて、総務省、厚生労働省はもちろんのこと、様々な団体で、そして個人レベルでも、警告や対策を早急に打ち出していくべきでしょう。■

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このページは、上田昌文が2010年8月 5日 13:06に書いたブログ記事です。

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