2008年9月アーカイブ

市民科学研究室をふだんから陰に陽に支えてくださっている方々、いくつかの活動をとおして協力関係にある方々は決して少なくありません。そうした方たちうちの幾人かが、このたび私どものリクエストに応じてメッセージを寄せてくださいました。深い励ましをいただけたことに心より感謝いたします。

なおこれらのメッセージは、『市民研 2007年度 年次報告書』に収めたものの再録です。(五十音順、敬称略)

●縣 秀彦(国立天文台)

 音楽やスポーツが好きな子どもたちは、大人になってもそれぞれの地域で音楽やスポーツに関するコミュニティに所属して、社会に貢献したり自分なりに楽しんでいたりする。一方、科学好きの大人たちの多くは居場所がない。市民科学研究室は、科学好きの大人たちが「つながりあい」、社会参加するためのハブとして今後もさらに発展していってほしい。来年9月に実施予定の「第1回東京国際科学フェスティバル」への参加も大いに期待している。  

●市川力(東京コミュニティスクール)

 「学社融合」として学校と外部の組織とが連携して子どもの教育に取り組む必要性が叫ばれている。その中でも「食育」を軸とした「学社融合」は、大事な一分野だ。ともすると「食育」は、企業のPRや面白いだけの単なるイベントに終わり、「学び」につながらないことが多い。しかし、「市民研」の子ども料理科学教室は、理科的な知識、実験や測定の技能をしっかりふまえた上で、どう食べるかという「生き方」の問題にまでふみこんでいる。子どもたちの知的好奇心を刺激し、科学的な発想力を高め、よりよく生きるという価値観に触れることこそ、初等・中等教育で今、求められていることだ。今後も、子どもに迎合しない「本質的な」プログラム作りを期待し、そのための協力は惜しまないつもりである。

●岡田弥生(歯科医)

 1970年代に理系単科大学で学生生活を送った頃から、高木仁三郎氏を尊敬し、科学を市民の手にと考えていた。しかし、元々科学的な思考が苦手な非理系人間なので、大学卒業後、日常生活に追われて暮らしていた。50歳を過ぎて市民研に出会い、これは大切だと思ったが活動に参加できず申し訳なく思っている。「お料理は科学よ」と言いながら子育てし子ども料理科学教室には機会があったら参加したい。

●梶雅範(東京工業大学)

 市民科学研究室は、その名の通り、科学技術とそれにかかわるさまざまな社会問題に関心のある一般の市民が、大学や行政などの公的な機関から離れてNPO法人というかたちで、そうした社会問題の解決に当たろうというこれまで日本社会になかった新しいかたちの活動です。私は、その活動が、今後の日本の社会の方向性や可能性を決める要素の一つになるほどに大事なものだと考えております。それゆえ、その活動の今後に注目しています。これまでになかった全く新しい活動なので、そのやり方には既定のものはなく、手探りで失敗を繰り返しながらやり方をつくっていくような面があると思います。多少の活動の停滞は気にせずに、息の長い活動を期待します。また外に障害があると、うちに閉じがちになるかもしれません。しかし、その活動の成果や状況を積極的に発信し、うちに閉じないように務めて下さい。そのためにも、年次報告書には期待しています。

●加納誠(山口東京理科大学)

 山口に転勤してご無沙汰してしまっています。市民研のご発展を嬉しく思いながらMLや会報を読ませて頂いています。土曜講座の頃から考えると、着実なご発展で嬉しく思います。内容もしっかりしていて、市民の羅針盤としての役割はしっかりと守られていると思います。ただMLや印刷物等の活字(画像)からだけのコミュニケーションしか出来ない活動の場合は、時として深刻な誤解や憎しみまで産んでしまい分裂や解散してしまった団体を数多く知っています。市民研は十分にそのリスクはご存じのはずですので、今後も着実なご発展をされることを祈っています。

●鎌仲ひとみ(映画監督)

 市民科学研究所はユニークかつ重要な存在だと思っています。アカデミズムと産業のあわいで私たち市井の人にとってこの時代を生きるための情報と考え方を示唆してくれています。より多くの人々に存在をアピールし、支援を増やせたらこの上ないのですが、これはまだまだ途上にあり、これからの進化を期待しております。

●神里達博(東京大学)

 本当の意味での「市民社会」の実現のために、我々がなすべきこととは、なんでしょうか。当然、それは様々なやり方があるでしょう。多様な価値観を認め合う市民社会の実現への道のりが、多様であるのは当たり前。
  でも私は、市民科学研究室の「やり方」のファンです。
  「自らの利害や立場を超えた市民が」、「科学技術を切り口に社会の様々な活動をゼロから勉強し」、「可能な限り公平で等身大な評価をして」、「誰でも利用・議論できる形でレポートすること」。こんな、とても地道だけれども誰にもマネの出来ないスゴイ活動を、長いこと続けているNPOは、日本中探しても、ここだけです。
  今後も、科学技術の持つ政治性と社会性を深く認識しつつ、単なる批判に陥らない高い志を持ち、企業・大学・行政で活躍する人たちの良きライバルとして、力強い活動を続けていくことを、期待しています。

●五島綾子(元静岡県立大学)

 サイエンス・コミニュケーションの運動が広がる中で、市民科学研究室のご活躍を頼もしく思います。この活動を支える原動力はリーダーである上田昌文氏の傑出した能力と意欲、そしてそれを支える力強い優秀なスタッフの賜物と思っています。私は3月に公立大学を定年退官しましたが、大きな組織に守られていたからこそ、今日まで仕事ができたのであって、日本ではまだなじみが少ないNPO法人の形態で活動していくには、日々並々ならぬ努力を重ねているのではと推察しております。また市民科学研究室の活動内容は多岐に渡り、身近な課題にすぐさま取り組み、問題解決に向かう姿勢はすばらしいと思います。研究会などに参加させていただきましたが、その発表される質は非常に高く、今日的な課題を取り上げ、専門的で目を見張ります。
  しかし、折角の研究会に参加する人数は少なく、質疑応答も演者の問題意識と必ずしもかみ合っていないことが残念でなりません。このあたりのことも問題意識に含め、『市民科学』を拝読させていただきました。
  ここでは、今後の市民科学研究室の活動が市民にさらに定着、発展することを期待し、私見を述べさせていただきます。

1)市民科学研究室の目標が理解されにくい
 市民科学研究室は以下のことを目標に掲げておられます。
  1.科学技術にかかわる様々な意思決定や政策形成の市民参加
  2.様々な社会問題の解決に向けた専門知の適正な活用
  3."持続可能で生き生きとした生活"を実現するための科学研究や教育の実践

これらの目標は科学技術社会論研究分野での重要なテーマではありますが、我が国においては市民参加型モデルの研究はスタートしたばかりです。OECDによる科学リテラシーは、「自然界及び人間の活動によって起こる自然界の変化について理解し,意思決定するために科学的知識を使用して課題を明確にし,証拠に基づく結論を導き出す能力」としています。しかし理科を教える側がこのことを十分理解しているか不安です。また、理科離れは、日本の産業育成に深刻という意識は強烈にあっても、OECDが掲げる理科を学ぶ本質は教育界にも行き渡っているか疑問です。

2)市民科学研究室の目標と実際の活動のつながりが見えにくい
  市民科学研究室の目標が理解されにくいことは、活動の内容とのつながりを見えにくくしています。毎月発行される『市民科学』の内容はすばらしいのですが、目標とどのように繋がっているのか見えにくいのです。ホットな海外の動向なども積極的に翻訳され、その成果は評価されるべきではありますが、内容が分散しています。会員の数が限られていることが主な要因と推察しますが、市民科学研究室が米国で生まれたLay-expertiseモデルの地道な構築を目指しておられるならば、テーマをしぼり、成果をあげることが市民科学研究室の社会における存在意義を一層、高めるでしょう。

3)科学哲学、科学技術論と結びつけて語ろう
  市民科学研究室の目標をかかげた背景には科学哲学、科学技術論、科学技術史があるはずです。しかし、市民科学研究室の活動には科学共同体の仕組み、不確実な科学と確かな科学知、作動する科学の本質を伝える姿勢が見えにくく、どちらかにやや偏る傾向が見られます。この傾向は市民科学研究室に参加する層を限定してしまう可能性があります。

科学技術史の中での身近な例も伝え、私たちが科学技術を広い空間と時間の中で考えていくことも重要な課題でしょう。

4)多様な人材を確保しよう
  この活動がひろがるためには、多様な市民が関わることが肝要です。マックス・ウェーバーが学問の専門化は時代の宿命と予言しましたが、さらに多様な専門分野が生み出され、たこつぼ化にまで進んでいます。したがって、ある課題の問題解決の際に、限られた専門家に対し、市民の立場は多様です。特に市民科学研究室が高度な知が集中する東京にある意味は重いと思います。市民には様々な科学技術に関心の高い方や造詣が深い方が多数おられます。私は企業関係者との交流により、彼らの技術開発やマーケッティングのダイナミックな経験や深い見識に学ぶ経験が度々あります。そこで日頃考えるのですが、定年を迎えられるあるいは迎えられた企業、官庁、教育関係者の豊かな知識や経験が市民科学研究の理念とうまくフィットする枠組みをつくることはいかがでしょうか。

5)地域へのネットワークをひろげよう
  豊かで高度な情報とハードに恵まれる東京に対し、地域は厳しい環境にあります。その上、政策専門家に伺いますと、地域の科学技術政策の定義すらあいまいで、研究も進んでいません。大方、国からの補助金でその政策は大きく左右されるからです。市民科学教室の目標、理念は地域にこそ早急に求められています。東京から地域にこの貴重な活動情報が伝わるネットワークづくりを試みていただきたいと希望します。地域活性化こそ日本全体が"持続性のある生き生きした生活"につながると思います。

●塩出浩和(城西国際大学)

 市民研の活動が新聞やラジオで取り上げられることが多くなり、上田代表をはじめとするメンバーの長年の努力が現われているのだと思います。アドボカシー団体としての社会的成果は徐々に出ているのではないでしょうか。
  現在の第一の希望は「会員が増えて印刷媒体が復活すること」です。やはり、電気がなくても読めるメディアが欲しいです。もう一点挙げるとすれば「上田代表の働きに応じた給料を支給できること」です。(印税が期待できる出版物とか......)
  さまざまな事実や意見に耳を傾け、慎重に論を進める市民研のやり方は、華々しくはありませんが長期的には社会の信頼を得るものだと確信しています。

●宿谷昌則(武蔵工業大学)

 科学が一部特定の専門家たちだけのものでなく、広く一般の市民が共有する文化の一つとして豊かに育っていくためには、市民科学研究室のような活動がとても重要だと思います。この点について、日本の状況はとても貧しいと言わざるを得ません。市民科学研究室の活動がキラリと光り続け、むしろ輝度が増していって欲しいと思うわけです。日本では、このような活動はどちらかと言うと、体制派科学を批判する(反体制派の)人たちだと断じられがちで、その特徴は、批判ばかりで提案のできない人たち...とのレッテルが貼られがちです。そんなことはない...ことが発信されていくと、仲間が増え、輝度が増すことになっていくに違いないと思います。加わって楽しくなる、生き方が豊かになっていくような、本来あるべき科学の姿がもっともっと見えてくることを期待します。

●鈴木賀世子(babycom 代表)

 市民科学研究室には、多くの素晴らしい情報が蓄積されています。また、既存メデイアとは異なる問題提起やユニークな科学啓蒙活動の実績があります。これらを会員だけのものにしていては、実にもったいない、もっと多くの人たちに届けてほしいと常日ごろより感じています。
  しかしインターネットが普及したとはいえ、不特定多数の人たちに、伝えたいことを正確かつ敏速に届けることは容易ではありません。多くの人に読んでもらうために現状の情報発信のあり方を少し見直してはいかがでしょうか。どのような人たちに何を伝えたいのかを明確にし、それを伝える表現は最適かなどを再検討して、生活に根ざしたより分かりやすい情報発信の形にしていくことが必要だと思います。
日進月歩の科学技術とわたし達の毎日の生活、そのふたつを分かりやすいコミュニケーションで結ぶ情報の架け橋となることを、大いに期待しています。

●鈴木達治郎(東京大学/電力中央研究所)

 市民科学研は、科学技術を市民の手で理解し、評価し、社会に発信するという、新しいモデルを作り出した。その活動の幅をさらに広げていくことは大変望ましいことではあるが、一方で規模にあった活動とするためには初心を忘れず、市民の立場に立った科学技術NPOとして地道に成長してほしい。今後は、技術の社会影響評価(テクノロジーアセスメント)などで、科学技術の社会意思決定プロセスにおける市民の役割が増していく。そういった意味で、市民研の活動の重要性はますます高まることになる。おりしも、第4期科学技術基本計画の議論がまもなく始まる。そのプロセスへの市民からの参加なども今後は考えていくのが良いのではないか。また、大学や他のNPO、研究機関との連携も、もっと積極的に行っていくことにより、存在感も増していくだろう。上田代表の熱意、スタッフの献身的な活動、会員からの善意の寄附などで支えられている市民研であるが、今後は企業や財団からの寄附・委託など、より多様で定常的な財源を確保し、少しずつで良いので、着実に成長していってもらいたい。

●武田遊(株式会社アイカム)

 正直申し上げて、会員の一員でありながら日々の仕事に追い立てられてまったく市民科学研究室の活動に参加することが出来ずにおります。なさけない。皆さんの活動は、定期的に配信されるメールからホームページへジャンプし、あぁ、上田さん、子供と一緒に楽しそうだな、とか、書評原稿の応募してるなぁ、参加したいなぁ、とか、とにかくうらやましがっております。時間は自分で作らないとだめだとわかっているのですが・・・
  市民研の皆様、これからも、"いいなぁ、うらやましいなぁ"と思える企画を続けてください。楽しみにしてます。
P.S. 『エンハンスメント論争』、読みました。面白かったです。そして、たぶんこの本を作っていく過程のほうがもっと面白かったんだろうなぁ、と勝手に想像したりしております。この本は弊社で行っている社内セミナー"来るべき科学を見つめて"にて、社員へ紹介を行いました。

●永瀬ライマー佳子(ドイツ在住)

 活動が多方面にわたるため、「何をやっているのかよく分からない」という印象を与えるのだと思いますが、社会と科学をつなぐ、市民の生活に密着した目から科学技術を見る、という姿勢が貫き、研究室の幅を広くするという意味で、不可欠であると思います。だったら、研究室のメッセージを伝える対象となる人々を絞って、その対象によって発信方法にもっと変化をつけてはいかがでしょうか?また、子供の料理教室をされていますが、もっと年齢を下げ、幼稚園やそれ以下の子供を対象にして、その親も巻き込んで活動する、というのはどうでしょう。

●平山満紀(江戸川大学)

 『市民科学』紙を、サイト上で全文公開にする変更については、賛成です。会員も特典がなくてもそのような活動を支持していくと思います。
  次に、幅広い専門的な活動を展開させつつ、料理教室やクリスマスパーティ、秋刀魚料理など、楽しい催しをふんだんに開いているところも、活動への親しみを増し、料理を通じて科学に関心をもたせてくれる、すばらしい工夫だと思います。これからもこのスタイルを大事になさっていってください。メール配信もしばしばいただき、お手間がかかることだと思いますが、サイトの更新などより詳しい情報をメールでお送りいただけると、もっとサイトへのアクセスが促されるのではないかと思います。貴重な活動が来年度もますます展開するよう願っています。

●村松秀(NHKエデュケーショナル科学健康部)

 21世紀の今、私たちは先端の科学技術に触れながら暮らしを営むのが当たり前になった。ネットしかりテレビしかりケータイしかり。有史以来、これほどに「科学」と「市民」が深く関わりを持った時代はないだろう。私たち普通の市民は、科学技術の知識については小学校の頃から体系づけて学んでいる。しかし「科学技術とどう向き合えばよいのか」については決して学ぶことはない。そもそも、向き合い方自体を考える場がほとんどないのだ。だが、現代社会が孕む問題の多くが、大きく依存する科学技術と関連することもまた事実である。市民科学研究室は、私たちがどう科学技術と「向き合う」べきか、私たちの姿勢そのものを常に真摯に問うてきた。その問いかけに私たちはさらに耳を澄まさねばならないし、市民科学研究室にはそうした価値ある問いかけを、トップランナーとして今まで以上に積極的に投げてほしいと思う。それは必ず、科学界と社会とを変える起爆剤になるはずだ。「市民」と「科学」が名称中に併存するその稀有な存在の意義を、私たちも市民科学研究室も共に今一度見つめ直し、科学技術との向き合い方の模索を通じて、力を合わせより良い未来を築いていければと願う。

●森美樹(NHKエデュケーショナル教育部)

 地味だけど、地に足のついた、市民の日常生活に大切な知識・情報を精査し、判断し、正確に伝えてもらいたい。漠然としていますが、これが市民研に期待していることです。
地味な活動を続けるには相当の体力と信念が必要ですし、本当に大切な知識・情報を選び取るにはセンスが必要になります。とても難しいけれど、最も今の時代に欠けていて必要とされていることを社会に広めていってください。

●矢間秀次郎(小金井市環境審議会)

 わが国では、「市民」という概念が核心に生命の種を宿して熟していない。いまだに硬さが目立つ。それに「科学」という衣装をつけた「市民科学」のこころみは、斬新で大きな可能性をはらむ。ささやかな「市民環境科学の実践」からも、勇気がいる荊の選択であったろうと拝察できる。ここまでの貴研究室の軌跡を快挙と見るにやぶさかでない。しかし、あえて滑走とみなしたい。どう離陸しつつ飛躍の力学を産みだし、創り上げて行くか試行錯誤がつづくだろう。
  もうすでに、「市民」の種は各地に蒔かれている。環境の分野では、瑞々しい芽吹きが散見される。「今後の方針・展望をまとめた第一弾の年次報告書を発行する」のは、近代化の過程で負の遺産を内包した「科学」を歴史的に検証しつつ、真の主体を探る荒野への旅立ちを壮行するもので、到達点の客観的な評価を促す誠実で謙虚な姿勢である。
  小鳥は青い実を啄ばむのを敬遠し、軟らかく甘い餌を求める。生物としての人間社会も、一部に例外はあるものの、よく似たものだ。青い実に生命を吹き込む貴研究室の果敢な挑戦に夢が宿っている。

●山口直樹(北京大学科学と社会研究センター)

 市民科学研究室が、財政的な危機を迎えていると聞いた。
高木仁三郎の市民科学の伝統を創造的に継承した代表の上田昌文氏らの活動は、日本では独自で稀有のものだと私自身は感じてきた。だから会員であり続けてきたし、何度か記事を書いたりもした。毎月発行される『市民科学』の内容も悪くはないと感じている。
しかし、それでも会員数が順調に伸びているわけではないという。
上田氏らの苦闘を知っている私としては、ほっておけなくて、知りあいの何人かに「会員になって活動を支えてください。」と呼びかけて、何人かには会員になってもらうことはできはした。それ自体はよかったと思っている。だが、まだ運営が安定するという状況にはいたってはいないだろう。しかし、それにしてもなぜ市民科学研究室の会員は、なかなか増えていかないのだろうか。
 いくつか思い当たる節がないわけではない。
 常々感じてきていることではあるが、日本社会は、欧米のような市民革命を経た市民社会が成立していない社会である。依然として「官は強し、民は弱し」という状況は続いており、財政的な危機に陥ってきているのは、他のNPO法人などにも同じように見られる状況のようだ。
たとえば、日本では、市民の活動にたいしては、「あいつらはプロ市民だ。」といった揶揄をするのが、たとえば2chに代表されるようなネット上でのお約束のようになっている。はたして欧米に「プロ市民」にあたる言葉があるのかどうかを私は、きちんと調べたことはないが、こうした状況がかなり日本独特であり、現在の日本の思想、文化状況を反映していることはたしかであろうと思う。
 また、たとえば他にも「在日特権を許さない市民の会」などという団体もある。
 これは「市民」という言葉を逆手に取った市民への敵意に満ちた団体であり、こうした団体が喝采をあびているような状況がある。
 これは、「嫌韓流」などといった本にかかわる人間が、民族差別をあおるために市民という言葉を用いる倒錯した状況が日本にはあることを意味している。
 市民科学研究室の会員が、一部の人にとどまり、なかなか一般の人にまで広がっていかないのは、こうした思想、文化状況と無関係ではないように思える。
 では、こうした状況の中でどのようにして市民科学研究室は、支持を広げ、影響力を増していけるのだろうか。私が考えているところを提言として述べてみたい。
 まず、第一に大衆文化への着目ということである。
 これは、日本をはなれて中国で暮らしてみてより強く感じるようになったことだが、日本の特撮映画、漫画、アニメといった日本の大衆文化は、中国をはじめとするアジアの若者や民衆さらにそればかりでなく欧米の人々にも大きな影響力をもつようになっている。
 だから、麻生太郎のような政治家が、MANGAといった言葉は世界で通用するといったことを強調したり、外務省が、日本の親善大使にどらえもんを採用するといった状況が生じてきているのだ。けれどもこれは世界の民が、日本の漫画やアニメの質の高さに驚き、大きな関心を示すようになってきていることに目をつけたためであって、それ以前には官である外務省などは、「漫画やアニメなどレベルの低い劣悪なものだ。」というような認識をしめしていた。もし日本の漫画やアニメが世界でこれほどの人気を獲得していなければ、おそらく官である外務省は「漫画やアニメなどレベルの低い劣悪なものだ。」と現在もいいつづけていたのではないだろうか。
 だが、もともと日本の漫画やアニメなどの大衆文化は、日本の民が作って日本の民が厳しい目で選んできたものだ。それがさらに海外にわたっていま世界の民に選ばれているのである。 まさに日本の漫画やアニメとは、日本の民が生み出した新鮮で可能性に富んだ文化なのだ。私はこれらの日本の新鮮な文化が中国の80後(1980年代生まれのことをいう)の精神文化の革命をもたらしつつあるのではないかと感じている人間だが、市民科学研究室は、これら民の生み出した文化に無関心であってはならないと考える。
 もともと市民科学研究室の前身の土曜講座の時代、上田氏は、「円谷英二の映画を見る会」といったかなりこうしたことを意識した会を組織したりもしていた。民が生み出し民が選んだ文化への関心は、もともとこの会には存在していたといえるだろう。
 こうした関心をさらに科学文化研究として具体化させていくことが重要なのではないだろうか。そしてこれは欧米の市民科学を後追いするのではなく日本の市民科学研究室から独自の発信を世界に向けて行えるという点からも大きな可能性を秘めている。
 いま、日本の漫画やアニメに関心のある若い世代は、フリーターなどの過酷な労働状況に置かれながら、麻生太郎や石原慎太郎のような一見「強そうな」政治家に憧れ、市民科学研究室など市民の活動を「プロ市民の活動だ。」と冷笑する側に回ってしまっている。
 確実にこうしたねじれた状況が存在していると思うのだが、こうした人々をも市民科学研究室にひきつけるような工夫が必要とされているように感じる。
 第二にアジアの科学に関する問題を積極的に取り上げていくということが、重要ではないかと思う。たとえば、市民科学研究室の『市民科学』においては、台湾の生命科学に関する記事があったと記憶しているが、これは先駆的なものだったと思う。
 戦後日本は、基本的に外交などをアメリカのほうだけを向いて行ってきているといっていいと思うが、ここにきて東アジア共同体論などの東アジアの一員としての日本を意識した論調が盛り上がってきた。まだ従来にもまして東アジアの中枢となりつつある中国への関心が、よきにつけ悪しきにつけ盛り上がっている。日本のメディアで中国の問題が取り上げられない日はない。今、日本の一般の人々のもっとも大きな関心の対象になっているのは、中国の食品の安全性の問題であろう。こうした日本の一般の人々の関心に市民科学研究室としてはどう答えるのかというようなところが問われているようにも思う。
 ほかにも現代中国における携帯電話の問題、科学教育の問題や科学コミュニケーションの問題など取り上げるべき問題は多いと思う。これ自体は中国にいる私の課題でもあるが、東アジアの人々と連携しながら「東アジアの市民科学研究室」というような視点が、さらに重要になってくるのではないかと思っている。

●吉田太郎(長野県農業大学校)

 科学も一種の宗教であって、真理ではない。ポスト・モダン思想ではこうしたことが言われます。たしかに、20世紀のような大きな物語は消えうせたのかもしれません。しかし、すべてを相対化してみても、そこにはシシリズムがあるだけです。
  使徒と呼ばれるキューバの英雄、ホセ・マルティは「人間は教養があってこそ自由になれる」と語りました。環境問題、金融崩壊、格差社会、教育・医療崩壊と難題に直面するほど、人は何かにすがりたきたくなりますが、こうした時代だからこそ、地道な科学的な思考の積み重ねが大切だと思います。

●渡部麻衣子(東京大学医科学研究所)

 ご縁があって、2005年10月から2006 年9月まで、市民科学研究室で、特任研究員として働かせて頂きました。その間、市民科学研究室という場に、科学技術と社会の行く末に関連した様々な関心を持った老若男女が集い、意見を交換し、考えを実践する様子を目の当たりにしました。今、大きく発展しつつある『食育』のプロジェクトは、当時まだはじまったばかりで、私がパソコンとにらめっこしている隣で、砂糖を使わないお菓子と格闘している人がいたり。食のプロジェクトが発展していく過程から、アイデアを実践するためには、本当に小さなところからはじめなくてはいけないのだ、ということを学ばせて頂きました。でも、どんなに小さな一歩もはじめの土台が必要で、その土台を市民科学研究室が提供しているように思います。市民科学研究室という場が、これからも、新しい人たちがそのアイデアを実践するための第一歩を踏み出せるような、開かれた場所であり続けることを願います。そうすれば、市民科学研究室は、単なる場ではなく、運動として発展していくのではないかと思います。

秋刀魚をとことん美味しく食べる会

福島県から調達する最高級の活きのよい秋刀魚を使って、市民科学研究室の腕自慢のメンバー3人がシェフとなり、数種類の料理を作ります。秋の味覚を楽しみながらのささやかな交流の場に、ぜひいらしてくだい。

●日時:2008年10月11日(土)
    17:30〜20:30 美味しく食べる会
    (その手前で、13:00〜15:30に <軽食持参歓迎>
     市民科学研究室事務所で★「科学技術ドキュメンタリー番組を観る会」
     次いで、場所を移動して、15:45〜17:30に
     ★「秋刀魚料理作り」 <手伝ってくれる方を求めています>)

●メニュー:秋刀魚料理 (蒲焼き、つみれ汁、刺身、山椒煮、酒蒸し、天ぷらなど)
      ごはん、漬け物などのお総菜少々

●場所:文京区立アカデミー向丘 3F 実習室
     (文京区向丘2-5-7、南北線東大前駅から徒歩3分)

●参加費:1人1500円(定員20名、事前申し込みが必要)

●お時間のある方は、上記「番組を観る会」あるいは「料理作り」から参加していただけると幸いです。

●お問い合わせは市民科学研究室まで(03-3816-0574、renraku@csij.org)

ナノテクリスク勉強会(2008年9月7日)

【今日のまとめ】
・ナノテク未来地図
完成した未来地図へのアクセスと書き込みを増やすための方策について。まず勉強会メンバーの範囲で、続いてI2TAのメンバーに対して、それから付き合いのある人たちや知り合った人たちを介して使ってもらうことに。具体的にはナノテクに関する新聞内容やネット情報を転記して、技術的な展開と社会的な眼差しを両方トレースできるようにする。また、未来地図の更新にあたりFLASHを使える人材を探すため、大学の掲示板に募集をかけることに。

・FOEのカーボンナノチューブに関する報告の翻訳
8月にオーストラリアのフレンズ・オブ・アース(FOE)から出されたカーボンナノチューブに関する短い報告書を分担して翻訳し、『市民科学』に載せるとともにI2TAでの議論の参考にしてもらうことにした。翻訳は2週間で行うこととし、1名ぐらいの協力者をI2TA側から求める。

・科学と可視化(吉澤)
科学技術とビジュアルとの関係について類型化を試みたが、次元が多くてうまく分類できなかった。とりあえずのアイデアとして、「何が(対象)」「どのように(手段)」「何のために(目的)」の三つの次元で科学技術が使われて(不)可視化されるということがある。これに関し、上田さんよりビジュアル面ばかりでなく、人々のコミュニケーションの媒介となる「シンボル」として捉え、音や触感、味なども含めた形で考えてはと提案があった。理論的接近ができないか、松岡正剛の『情報の歴史』(1996)などを参考にしてシンボル論やコミュニケーション論を読み解いてみる必要がありそう。

・ナノテクについての最近のニュース(白石さん)
化粧品規制協力国際会議(ICCR)の第2回会合について厚生労働省のプレスリリースが出された。また環境省でナノ材料環境影響基礎調査検討会でナノ材料の水生生物に対する影響を調べているとのこと。

・サイエンスアゴラへの出展
上田さんより、今年の出展企画として、一般市民を交えてどんな科学技術が必要かを考えるワークショップを設けて新しい試みをしたいとの提案があった。未来地図のような社会像を考えさせたり、あるいは『百年の愚行』の写真からどのような技術の負の側面を切り出しているか考えさせる試み、あるいは将来技術を示したたくさんのカードを用いてそれぞれの組み合わせからどのようなことがありうるか考えさせるなど、手法について検討していくとのこと。近いうちに他の勉強会からも有志を募って議論していく。

【スケジュール】
次回勉強会は10/26(日)10:30〜。

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